見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

August 22, 2017

“オルト・ライト”は使わない


△バンクシーがツイート:“暮らし向きにもかかわらず、パパは今までどおり大騒ぎする。”
上の写真は、バンクシーのツイートに投稿されたものです。

◇世界で最も古い通信社が“オルト・ライト”という言い方を使用するのをやめた。しかもあなたが使用すべきでない理由がここにある。

“オルト・ライト”は、古くからの風潮(人種の至上や反ユダヤ主義、国家主義、民衆主義)の代わりの新しい言い方(用語)だ。

オルタナティブ・ライトを省略した言い方、“オルト・ライト”は、白人国家主義を評価するいろいろなグループ分けや政治的傾向の対抗勢力によって、またグループ分けそれ自体によって漠然と使われてきた。

用語“オルト・ライト”は、そのイデオロギーの前任者、例えばクー・クラックス・クラン(KKK)や“14字の標語(14 Words:世界で最も人気のある白人至上主義者のスローガン、「我々は身内の存在と白人の子どもたちの未来を確実にしなければならない。」これはザ・オーダーとして知られる白人至上主義者テロ集団の一員、2007年に刑務所で死んだデヴィッド・レーンによって造り出される。)”運動でグループ分けを解離しようともくろむ、計画的に不確かな市場をはたらかすことかもしれない。

このために、また他の理由で、世界で最も古い通信社がこの言い方をくずとして捨てている。

AP通信(米国連合通信社)は、それでもなお“オルト・ライト”と言う他者を引き合いに出すときを除いてもはやこの言い方を使用しないことに決めた。

1846年に設立されたAP通信社は世界中の何千もの他の刊行物にニュース報道を配信する。

土曜日、バージニア州シャーロッツヴィルの狂暴化した“Unite the Right:右翼結束”の抗議の結果として決定された。

“Unite the Right”のデモ行進に反対するためにそこにいた群衆の中に一台のクルマが突進したとき、抗議を阻止するひとりの活動家、ヘザー・ハイヤー(32歳)が死んだ。

通信社のウェブサイトの投稿で権威のある部門主幹John Daniszweskiは次のように書いた:
人種差別主義者のねらいを隠す婉曲語句のつもりで言うので、AP通信において私たちは、“オルト・ライト”の言い方は差し控えるべきであるという立場をとりました。それゆえ、誰かを引き合いに出すとき、または運動がそれ自体について述べることを説明するときだけにそれを用います。

DaniszweskiはまたAP通信のジャーナリストに、その傘下に該当する過激派グループを記述するとき、一般的に“オルト・ライト”を使用しないよう警告した。過激派グループについて書くとき、正確に、特徴の描写を裏づける証拠を提供しなさい。他の人が彼らをどのように見るかはもちろん、彼らの現時点の信条や哲学を明らかにするために彼らの行動、関連、過去の履歴(できごと)、立場を報告しなさい。

特に、たとえば“人種差別主義”、“白人国家主義”、“白人分離主義”、“白人至上”と同じことを表す用語を使わないように彼は警告した。過激派を説明するのに適切な用語を使うことは、単にジャーナリストにとって重要であるのみならず、私たちすべてにとって重要だ。

それは過激主義者に不正確に使用される専門語、例えば“ファシスト”であることを否定する機会を与えない、このために例えば白人国家主義または人種差別主義といった他の過激主義の見解とのどのような関連も取り除く。

この言い方を棄てるというAP通信社による決定について論評して、ジョー・マルホール博士(“Hope Not Hate:憎しみでなく希望”の上級研究者)がindy100(インディペンデント紙)に下記のように語った:

シャーロッツヴィルの悲劇的なできごとの結果として、AP通信社がオルト・ライトという言い方を差し控える決定をしたことはまったくもっともなことであり、ある人たちがそれを彼らのイメージを無菌化する婉曲語句のつもりで使おうと努めるというのはその通りである。

しかしながら、数十年遡るデータ、ファシズムという専門語の使用を取り巻く活発な修史議論のように、それを全体として捨てるというよりも、言い方の厳密な使用を確実にすることが最良であると私は主張する。

非常におおざっぱな言い方とはいえ、オルト・ライトは存在して、伝統的な極右運動と交差する広範なエリアがあるにもかかわらず、特に文化と活動の資力あたりで、それには違いがある。

彼は以下のように付け加えた:

要するに、もしもある人がナチならば、当然、彼らはナチと呼ばれるべきである。もしもある人がKKKの者ならば、同時に彼らをクランの団員と呼びなさい。だが、ある人がオルト・ライトならば、同時に彼らをオルト・ライトと呼びなさい。その言い方は他の言い方より危険または過激ほどでないと思われるという懸念があれば、次に、それが事実ではないと人々に実感させるのは研究者、学者、運動員の仕事である。

https://www.indy100.com/article/alt-right-charlottesville-associate-press-terms-white-nationalism-supremacy-seperatism-7897636

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